旅の途上の変遷とは、動きのない客体(object)を幾つも発見し続けることではなく、動きを伴った主体(subject)が幾つもの発見をし続けることにあるのです。 たくさんの風景という作品を見ることに大きな価値を見出そうとすると、どうしても目の前で見てい…
旅の途上で遭遇した異郷者たちの空間は喧噪に満ちていました。 故郷から遠く離れた異空間を彷徨う旅人らはその異空間で暮らす土地者にとっての異郷者であり異質な他者です。でも異質な他者にとっては土地者の方こそが異質な他者です。土地者からしたら異郷者…
旅の途上は多彩でフォトジェニックな現実を自ら生み出すのです。 至るところで収集された個々の経験は美学の扉を解き放ち、言葉にされる以前のコスモスへと旅人を招き入れます。自然豊かな森に足を踏み入れて「あるがままの自然」という存在不可能な対象物を…
旅の途上の異邦性が生み出す奥義はパースペクティヴ(=視点)の彼方にあるアティチュード(=態度)から始まるのです。 異郷の言葉や文化に触れるプロセスで知らず知らずのうちに身体化したパースペクティヴ(perspectiva)は様々な外観や表現や可能性を揺…
旅の途上で駆られた旅愁は忘れかけていた郷愁のページをめくって故郷喪失の序章を読み進むことへと導くのです。 旅の途上で吸い込んできた旅情は無意識のうちに旅愁という名の哀しみと郷愁という名の懐かしさを膨らませます。通りを見下ろす大きなステンドグ…
旅の途上の豊穣な「匂い」もしくは「臭い」または「香り」は、歪んだ時空を潤沢に演出しきっていました。 すべての香りは匂いを放ち、良い「匂い」と悪い「臭い」という主観的な審判が下されるまでは永世中立的な匂いであり続け、その多様な富は全人類に分配…
旅の途上の道は空間芸術や時間芸術の素材になると同時に作品それ自体にもなるのです。 多岐と多難さとを思わしめる目の前に拓かれた幾里もの荒涼たる道を多くの人々が往来し、その前後の営みの中で生を表象するために粉骨砕身してきました。画家は時代の心象…
旅の途上のあらゆるものが「一所懸命」から「一生懸命」となりました。かつては空間に命を懸けていた人々は今では時間に命を懸けるのです。 はるか昔、人々が「一所懸命」に労働に従事していた頃、彼らは場所に縛られていました。ゲルマン民族が大移動してヨ…
旅の途上の異邦性という静寂の中で異質な言葉の反響音を聴くとき、旅人は幾多の小さな音のつらなりを、打ち寄せる波のように感じながら異文化の浜辺に立ち尽くします。 街の中の市場に足を踏み入れると、波のように大挙して押し寄せる言葉たちが礼節を伴った…
旅の途上で立ち寄ったとても小さな街グアナファトはとても大きな街でした。 狭い峡谷にしがみつくように立ち並ぶコロニアルな建造物や住宅の数々はみな色気づいていました。パレットに表現され得る全ての色が施された建物群はカラーチャートと化し、不規則に…
旅の途上で乗った列車が映し出す幾つもの窓枠はまるで額縁のように展示されて一種のミュージアムと化していました。 どの車窓からも美しく変わりゆく絵画を堪能することができるから、進行方向右側の丘の向こうにある人の気配の無い牧歌的な小さな村の絵を鑑…
旅の途上の悲しき公共空間を通り過ぎると、喜ばしき交響空間に辿り着きました。 よそ者にとって不可侵の私的空間という環境においては、一度その扉の外に出たらわきまえなければならない身のほどや善悪のたがの全てが崩壊され、控えめであることが命取りにも…
旅の途上の言語空間で動き続ける神秘的な言葉たちに出会いました。異郷の門を叩いて潜るたびに多彩な言葉たちを嗅いで内耳と網膜の助けを得ながら身体に取り込み、山積みになった言葉の世界が潤うのを体感します。旅人にとっては新参者である言葉たちが神秘…
旅の途上の国境という周縁(margin)は重要な中心から見ればノートの余白(margin)のように末端なものに過ぎないけれど、中心というのは変化しうるものだからいつでも周縁となり、周縁もいつでも中心となり得るというのが社会の根本に潜むダイナミズムの実…
旅の途上にあるのは人のみならず、モノや資本やイメージや価値も同様に旅をしながらわたしたちの生活に影響を及ぼします。 かつて人々は自分の時間と空間を直接的に体感していました。自分の時間とは自分のいる場所の日毎や季節的周期によって規定され、自分…
旅の途上で異郷と故郷を交錯させながら旅人がようやく辿り着いたのは旅する故郷でした。 故郷を後にして、隔てた時の空間を張り裂けるほど膨らませながら異郷を探し求める苦悩の旅人が、必死にもがきながら自分の故郷から解き放たれようとしていましたが、旅…
旅の途上では「何を」見るかではなく「どうやって」見るかが要請され、今そこの生きられた経験に恋に落ちるように誘導され、見ているものに見られ、聞いているものに聞かれ、話しているものに話されることが喚起されるのです。 ようやく辿り着いた宿場町で観…
旅の途上で自分と出会うために内へ内へと自らを閉じ込めるのではなく、外へ外へと自らを解き放っていた旅人が、他者の内へと迫ろうとしていました。 自分ときちんと向き合って自分の考えを省みることを「内省」といいますが、内省する自分は主体であり、内省…
旅の途上で異邦人らの居場所を演出する異空間は、構造的な社会やネットワークの隙間に入り込んで亀裂や隙間を作りながら異文化を培養させます。 周囲と比べて異なるものは、音や匂いや風貌もしくは内面の輝きのみならず劣悪で毒性の強いものであったとしても…
旅の途上のエアポートがどれも同じように見えたり香ったりすることがあります。 ミャンマーのヤンゴン空港がパゴダの景観で到着客をいざなったとしても、イースター島のハンガロア空港がモアイ像の景観で到着客をいざなったとしても、異なるはずなのに2つの…
旅の途上は見せたい側の供給と見たい側の需要が出会うマーケットではなく、見せたい側の見せたくない闇と見たい側の見たいとは思ってもいなかった闇が思いがけずに共鳴し合うオアシスなのです。 異国の様々な土地で伝統的生活を堅持する人々と出会いました。…
旅の途上のマカオでは道しるべとなるカジノに導かれるままにこの都市国家のロジックを身体化させれば地図は全く不要となるのです。 立ち並ぶ老舗カジノホテルはどれもが派手な装飾を施しながら闇と誘惑に人々をいざないます。夜空を焦がすカジノのネオンは密…
旅の途上の何でもない場所は何でもない場所であるがゆえに名も無き場所です。 例えば、切り立った岩肌に囲まれた畑で育つ緑色した作物が薄い帯のようなものを織り成していて、そこを通り抜けて川を渡り、急な山の側にしがみつくように敷かれた未舗装の道路を…